魂蘇セラピーでの愛と平和について

魂蘇セラピー創始者で、公認心理師の紫紋です。

長崎旅では大浦天主堂を巡ってきました。

長崎でも、聖フランチェスコについて
導かれたようにさまざまに触れて想いが巡ります。

日本のキリスト教の伝来は迫害と殉教の記憶。

1549年にイエズス会のザビエルによって
キリスト教が伝来されたけれど

その後1593年にたどり着いたフランチェスコ派。

日本でのフランチェスコ派の布教活動は、
愛と清貧を貫きながらも、ハンセン病患者を助けるなど
フランチェスコ派ならではの、ボロボロの身なりで裸足で
思いやりを持った活動が、目立ち、異端とされ、誤解されて・・

1597年 日本二十六聖人殉教という悲しい出来事が起きる。
フランチェスコ派として最初に日本にたどり着いた
ペトロ・バプティスタもここで殉教・・


いつの時代も、際立った活動は、
それが愛と平和が根底だったとしても
誤解され、悲惨さを生む。

前世の傷が疼くのか、
それを今知る必要があるのか・・
さまざまな感情が心を巡ります。


さて、何度もお伝えしていますが、
私はキリスト教徒ではありませんし、改宗するつもりもありません。

魂蘇は、私が勝手にフランチェスコのエネルギーを受け取ったように
感じているだけで、本当のところはわかりません。

ただ、その存在や生き方に深く心を動かされていることは確かです。

今の時代において、宗教や思想の違いによる争いを見るたびに、
私はとても悲しい気持ちになります。

神の教えとは一体何なのだろう。

本当の平和とは何なのだろう。

清貧とは。

助け合うとは。

何のために生きるのだろう。

そんな問いが自然と湧いてきます。

私は、もっと偏らず、本質的であっていいと思うのです。

清貧だけが正しいわけでもなく、
豊かさだけが正しいわけでもない。

時代が変われば、人々の生き方も変わります。

だからこそ、本質は大切にしながらも、
この時代に合わせてアップデートされていくことも必要なのではないでしょうか。

魂蘇セラピーもまた、何かを信じさせるためのものではありません。

心と体と魂が本来の調和を取り戻し、
自分自身の中にある愛や平和につながっていくためのものです。

誰かと争うためではなく、
誰かを否定するためでもなく、

自分自身と和解し、人とつながり、共に生きるために。

長崎の地でフランチェスコ派の歴史に触れながら、
改めて「愛と平和とは何か」を考えさせられた旅となりました。

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